健全な教え

 

イントロダクション

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教義と分裂

早期からキリスト教は煮たぎった議論と分裂の釜の中にいる。幼児期における這い這いのような状態だが、イエスが立てた教会は次々とくるサタンの攻撃に耐えている。想像できるように最も大きい脅威は外部からくるのではなく、内部から来ている。教会の指導者がヘブライの法律と習慣に集中している問題に対処せざるを得なかったとき、赦しと和解のよい知らせは最初の異教徒の耳に殆ど届いていなかった。それは食べ物、飲み物、休日、特に割礼についての法律だった。

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多くの初代教会の律法的な信者はギリシア人がヘブライ人の儀式的な伝統を守るべきだと考えていた。聖霊のバプテズマをギリシア人が受けてまもなく何人かの認識されていた指導者はそれを受け入れるべきかどうか決めていた。使徒ペテロやバルナバのような特筆すべき霊的な立場にある人たちに強い影響を及ぼすほどこの立場は強く支持された。

信じがたいことだが、これらの偉大な知識のある指導者は福音の質素さから偏見の間違いへと追いやられた。この行いは正されなくてはならないし、使徒パウロがペテロと直面することによってなされた。

ガラテヤ2:11-13

11「さて、ペテロがアンティオキアに来たとき、非難すべきところがあったので、わたしは面と向かって反対しました。

12なぜなら、ペテロは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです。

13そして、ほかのユダヤ人も、パウロと一緒にこのような心にもないことを行い、バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。」

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神の敵は神の子を迷わせ分裂させようとすることに容赦ありません。哀しいことに神の敵はクリスチャンが明らかに神の意思である一致、忠誠と愛を維持することよりも私たちを分裂させることに成功していることを認めなくてはいけません。

1 コリント1:10

10「さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。」

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何世紀にもわたって教義の統合の名の下に多くの人生や教会が壊されてきました。今日この問題をとても気にしているので、ただ教義と言う言葉を聞いただけで多くの人は尻込みしてしまいます。教義と言う言葉は単に教えと言う同義語ですが今日の多くの教会で消極的な意味を持つ冒涜的な言葉になりました。もし教義が悪いものならば、どうして使徒はそれに従うように熱心に勧めたのでしょうか?もし教義が分裂させるものならばそれをなぜ受け入れるのでしょうか?健全な教えに言及したとき使徒は何を意味したのでしょうか?

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健全な教えの目的

それでは何が「健全な教え」(Sound Doctrine)なのかを理解しましょう。Sound"hugiaino,"と言うギリシア語からきていて単にそれはつぶれない、健康的なという訳です。Doctrineはギリシア語から英語の翻訳で教えを意味しています。あわせると、健康的で、dodaskaliaというつぶれない教え、となります。

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つぶれない教会の価値に誰が議論できるでしょう?退廃した教えが教会に多くの分裂をもたらした。御言葉は主観的ではない。あなたがそれを都合よく解釈はできない。御言葉を解釈するのには2つの方法しかありません。神の方法(sound)とわれわれの方法:退廃しているものです。私たちの解釈を退廃させる原因の3つの影響があります。最初はプライドとそれはコストを払っても正しくありたいと言う願望です。真実と言う代価を払ってでもです。2番目は無知です。私たちはすべての真実を知っていてもう教えはいらないと信じることです。3番目は神の言葉を不完全で不明確であるとみなすことです。私たちの自己流の考えを加えることによって神様の一助になることに満足します。私たちは神の助けに必要と思われる決まりや修正を加えます。神の言葉を明確にする努力において、神が女性に控えめな服を着るように言ったりするのは十分ではなく、長さやスタイルや色について詳しく規定しないといけないと考える。神の言葉を明確にさせるための努力において、これによって姉妹が聖霊によって真実へ導かれるための機会を奪ってしまいます。

ヨハネ 16:13

「しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。」

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使徒の教義は責められるべきではないが、むしろ自分に仕えるために御言葉を自分のニーズに合わせるために仕立て上げることを拒むべきです。私たちに不都合なことをおこしたり、考えに支障をきたす御言葉の箇所を見るとき、それを信じようとしません。ある時間人種、場所に当てはめることによって言い訳します。他の人はそれを裁くための重さを加えようとし、パリサイ人が耐えたように重くて耐えられないようにします。それに水を加えて殆ど重要ではないものにするために弱らせようとします。

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人の教義

ペテロとバルナバは神を聞いてトラブルに巻き込まれたのではなく、人が言っていることを聞くことによってトラブルに巻き込まれた。歴史を振り返ると人の教義の教えを守ることによって教会では多くの痛みと苦しみが起きた。

マタイ15:8-9

『この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。人間の戒めを教えとして教え、むなしくわたしをあがめている。』」

テモテのパウロの最初の手紙はパウロの心配を説明する。退廃はエペソの教会に浸透していた。

1 テモテ 1:3-4

「マケドニア州に出発するときに頼んでおいたように、あなたはエフェソにとどまって、ある人々に命じなさい。異なる教えを説いたり、作り話や終わりのない系図に心を奪われたりしないようにと。このような作り話や系図は、むしろ無意味な詮索を引き起こします。」

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この同じ手紙では、パウロは多くの人が神の教えから離れ魔法に向かう終わりのときのことを話した。聖い振りをすることによって嘘をつきそのその意識さえない。これらの人たちは食べること中心の話をし、人が結婚するのを禁じます。もし教会でそのような虐待的なことを正したら私たちは健全な教えを進めることができます。

1 テモテ 4:1-6

1「しかし、“霊”は次のように明確に告げておられます。終わりの時には、惑わす霊と、悪霊どもの教えとに心を奪われ、信仰から脱落する者がいます。」

2 「このことは、偽りを語る者たちの偽善によって引き起こされるのです。彼らは自分の良心に焼き印を押されており、

3結婚を禁じたり、ある種の食物を断つことを命じたりします。しかし、この食物は、信仰を持ち、真理を認識した人たちが感謝して食べるようにと、神がお造りになったものです。」

4「というのは、神がお造りになったものはすべて良いものであり、感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないからです。」

5 「神の言葉と祈りとによって聖なるものとされるのです。」

6「これらのことを兄弟たちに教えるならば、あなたは、信仰の言葉とあなたが守ってきた善い教えの言葉とに養われて、キリスト・イエスの立派な奉仕者になります。」

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健全な教え

本当にパウロは読み教えに専念するように忠告しました。

1 テモテ 4:13

「わたしが行くときまで、聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい。」

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彼はテモテに教義に注意し、自分が教える人のためにそれらが教えることをしないサイト熱心に勧めた。

1 テモテ 4:16

「自分自身と教えとに気を配りなさい。以上のことをしっかりと守りなさい。そうすれば、あなたは自分自身と、あなたの言葉を聞く人々とを救うことになります。」

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よい監督者である老人を教えの働き手は報いの値があります

1 テモテ5:17

「よく指導している長老たち、特に御言葉と教えのために労苦している長老たちは二倍の報酬を受けるにふさわしい、と考えるべきです。」

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しかし教えに無関心なものはプライドが高く真実を見下すこちによって分裂を引き起こします。そのような人は避けるべきです。

1 テモテ6:1-5

「軛の下にある奴隷の身分の人は皆、自分の主人を十分尊敬すべきものと考えなければなりません。それは、神の御名とわたしたちの教えが冒涜されないようにするためです。

2主人が信者である場合は、自分の信仰上の兄弟であるからといって軽んぜず、むしろ、いっそう熱心に仕えるべきです。その奉仕から益を受ける主人は信者であり、神に愛されている者だからです。これらのことを教え、勧めなさい。

3異なる教えを説き、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉にも、信心に基づく教えにも従わない者がいれば、

4その者は高慢で、何も分からず、議論や口論に病みつきになっています。そこから、ねたみ、争い、中傷、そねみ、

5絶え間ない言い争いが生じるのです。これらは、精神が腐り、真理に背を向け、信心を利得の道と考える者の間で起こるものです。」

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パウロはテモテに信仰と愛において教えにとどまるよう忠告した。

2 テモテ1:13

「キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。」

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健全な教え

クリスチャンとして与えられた神の言葉聖書を覚えておかなければならない。神にインスパイアされた、完全に健全な教えである。

2 テモテ3:16

「聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。」

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退廃していない神の言葉の知識がより啓発されていない人々を説得させる。

テトス1:9

「愚かな議論、系図の詮索、争い、律法についての論議を避けなさい。それは無益で、むなしいものだからです。」

[i.17]

この種の教えは聞く人すべてに利益をもたらす。テトスの2章においてアウトラインされているように男性、女性、老いも若きも義なる生活について教えている。この同じ健全な教えによって私たちは罪びととして信仰の家に呼ばれたのだ。

ローマ6:17-18

「しかし、神に感謝します。あなたがたは、かつては罪の奴隷でしたが、今は伝えられた教えの規範を受け入れ、それに心から従うようになり、罪から解放され、義に仕えるようになりました。」

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私たちのひねくれに加えて聖なる者の間に立ちはだかる壁をつくったのは無視や修正や捏造なのだ。多くの人が信じているのとは反対に健全な教えはキリストの体を分けるのに失敗したのではない。神の言葉を完全に実証していない、いかなる教えも受け入れないよう気をつけなければいけない。私たちはすべての教えは間違いがないというように受け取ってはいけない。私たちはすべての教義を入念に調べなくてはいけない。それはいかに信用できるものであっても受け入れる前に、ベレアンのようになり、手に負えないものや二番煎じのものを受け入れてはいけない。

使徒17:11

「ここのユダヤ人たちは、テサロニケのユダヤ人よりも素直で、非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた。」

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聖句によるものでない教義、分裂を引き起こす教義を教える人を見つけるとき、私たちはそれらの偽の教義から遠ざかるべきだ。

ローマ16:17

「兄弟たち、あなたがたに勧めます。あなたがたの学んだ教えに反して、不和やつまずきをもたらす人々を警戒しなさい。彼らから遠ざかりなさい。」

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キリストの教義はとても大切なので、それに従わないことは神から別れることを意味する。

2ヨハネ 1:9-10

9「だれであろうと、キリストの教えを越えて、これにとどまらない者は、神に結ばれていません。その教えにとどまっている人にこそ、御父も御子もおられます。この教えを携えずにあなたがたのところに来る者は、家に入れてはなりません。挨拶してもなりません。」

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キリストの一致という教義

真実を求めることに勧奨するためのプライドを赦す選択をもはやしないとき、彼らは健全な教えの統一的な力を発見するだろう。神が言っていることは重要で、神が言うことを望むことではない。我々の人生の中で自分たちの両親が言ったことが気に入らないことがよくある。

しかしそれを正そうとすることを妨げない。なぜなら、それを悪いものとして受け止めることに対しての支払いと言う結果を招くからだ。教会として神の言葉を自分にフィットしたように解釈することへの支払いは神の力から切り離されたり兄弟同士を切り離す分裂であった。一致を通して私たちのものである聖霊の贈り物は120人が上の部屋であって一致するまで来なかった。もしこれらの同じ祝福をうけたいなら同じ考えを持ち理解をもたなくてはならない。

使徒 2:1-4

1「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、

2突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。

3そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。

4すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」

[i.22]

私的な解釈

多くの人がその国の言葉を話し、聖書もその国の言葉で書かれています。50人以上の聖書のエキスパートによって私たちの言語に訳されています。もし英語を話すなら英語で書いてあります。だから著者として同じ結論にいたることはやさしいことです。他の人に特別な聖書の教義を説明するとき、私たちはそれはあなたの解釈でしょう、と言っているのを聞きます。まるで他の言語から私たちが教義を解釈しているかのように。これでは意味がありません。

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もし私の母がパンと牛乳とバターを買うようにメモを私お使いに行かせたらソーダ、ガム、キャンディーと解釈するのを許してくれるでしょうか?例えば試験に落ちた生徒がテスト用紙を持ってきて先生に間違った質問は解釈の違いたと主張します。先生は成績を改めるでしょうか?そのような要求は受け入れられるかどうか疑問です。神の御言葉は2つの方法です。正しいものを悪い方法で神は分岐した口を使って話しません。神の言葉を正しく理解しないで正しく教えることをしない人は神のテストに失敗し、失敗の代価を支払うことになります。

ヤコブ 3:1

「わたしの兄弟たち、あなたがたのうち多くの人が教師になってはなりません。わたしたち教師がほかの人たちより厳しい裁きを受けることになると、あなたがたは知っています。」

2 ペテロ3:16

「彼は、どの手紙の中でもこのことについて述べています。その手紙には難しく理解しにくい個所があって、無学な人や心の定まらない人は、それを聖書のほかの部分と同様に曲解し、自分の滅びを招いています。」

[i.24]神の言葉は神の神霊です。人への預言的な顕示であり私的な解釈に開かれているのではない。

2 ペテロ 1:20-21

「何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです。」

1 コリント1:10

「さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。」

[i.25]

神は彼の意図するところを言い、彼が言ったことを意味します。神の言葉を理解する2つの正しい方法はありません。ただひとつ神様の方法です。神の教会はファストフードレストランではありません。あなたのやり方でということはできません。