読者の皆様へ

重要なメッセージ

今あなたが読まれようとしている本は、いくつかの理由で、例外的です。最初に利益のために公的に頒布するようにはしていません。各読者はくまなく間違いをさがすことによってその正確性を援助するという望みを持ちつつ書いています。それは神の御言葉(例:聖書)に矛盾するものを削除することによって、そのメッセージにおけるパートナーとなるように読者を近づけています。しかしながら、神の御言葉は許容され先導される変化による、唯一の受け入れることのできる基準です。句読点や文法において間違いがあれば、指摘しただければ感謝します。3番目にそれは終わりなしの本となるために作られています。
もし明らかな間違いや矛盾が明らかにならなければ、クリスチャンの兄弟の間で広く広まっている同意の教義的な分野を再調査する必要は殆どありません。時々、宗派の教えによって受け入れられ広められている二番煎じの教義は本質的に損じられましたが、神の人々はそれをチャレンジすることを拒んだのでまだ存在しているのです。
この本はそれが見つかり次第、チャレンジしていくでしょう。この本が終わりのないのは悲しいですが、簡単なものです。教義的な問題に関して不一致へと向かっていくため、公言する信者の意欲に対して終わりはないように見えます。この人たちが真実を求めることにかかわっているためにこのことが起こったら、私は彼らの努力を称賛するが、しばしば両者が正しいことを求めるだけの苦い論議へと発展していき、プライドが勝者になってしまいます。真実が勝つとき、真実はひとつしかないので、それは求めるものを一致へと導きます。(ヨハネ17:17)そして反対する側がそれを発見したら彼らは議論をやめ、一致するようになります。真実を求めることにおいてそれはいつも敗者が本当に勝つのです。もし、教えるものとして、私が何か欠陥のあることを教えているのが見つかったら、誰かが私を正して、見えない真実を明らかにするなら、私はすぐによりよい、啓蒙的な教師になることでしょう。一方で、もし私は事実無根で、しかし賢い欺きを受け入れるならば、私は無意識のうちに偽の教義の教師になってしまうだろう。もし聖句を教えることにかかわっている著者や教師がすべての真実を所有していると信じているならば、彼はすでにプライドの犠牲者なのです。だから私はあなたの助けが必要なのです。不完全なものですが、この真実の探求は誰かとともにはじめなければなりません。だから私が信じるものとともに始まり、一緒にそれを編集していきます。私の考えの間違いを指摘してほしいのです。そして主とともにある私たちの心を共にもたらすように私をよい教師にしてほしいのです。1コリント1:10を私たちの関係における行動的な現実としようではありませんか。

1 コリント1:10
「さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。」

これを実行することにおいて私をアシストしてくれる人たちへの忠告の言葉です。
宗派の立場から聖句を解釈することはステンドガラスを通して読んでいるようなものです。
この本の著者として、私は真実と霊に対する責任を鋭く感じています。シビアな聖書的な挑戦の猛襲のもとに立っているここにある教えは真実で、神様から来ています。端にそれてしまっている“私”の教えがあれば、それはいかなるものでも真実ではないし、間違いによって損なわれているもので、その責任のすべては私にあります。この本は必要があればその都度修正され、すべての有効な変更を含みます。正確にするためのあなたの貢献はこれを読む方や、それから教える人にとってありがたいものです。神の聖なる国を別けるために神の言葉をクリスチャンが使う限り、この本の必要性があります。兄弟よ、この本がもはや必要となくなる日が来ることを願ってやみません。新しい教義的な議論は新しい章を生み出し、その各章はあなたの詳しい調査、編集における努力が必要です。私たちのパートナーシップが神の家族の一員としてのオープンで非自己的な識別を通して私たちが値する真実と一致を生み出すことができるように祈りましょう。すべての知恵を神が与えてくれるように。

クリフォード H. ジェームズ

著者/教師